【世界文化遺産セーファウタキ近く】自生する野草を素材にして、健康と美容そして環境に役立つような商品開発を進めています

新里善和

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新里善和 プロフィール

新里善和

プロフィール

新里善和
  • 1954年(昭和29年)4月生まれ。
  • 2008年(平成20年)、沖縄電力を退社し、㈱オフィスかずを設立。大城喜信会長との出逢いを通じてその志に感銘し、沖縄農業の復活に情熱を注ぐ。

社会人になってからの半生を振り返ると、

  • 1986年、若干26歳の時に、無謀にも沖縄県内の労働団体(沖縄地方同盟)の役員(書記長補佐)になる。当時、労使関係が”対立”から”協力”へ、移行していく分岐点にあった。”対立”からは、何も生まれない。労働者の福祉の向上は得られないことを、現場の実践の中から学ぶ。
  • 沖縄は、沖縄海洋博(1975年)が終了した以降、観光関連で相次ぐ倒産の危機にあった。特にホテル労働者は、厳しい職場環境、労働条件の中で働くことを余儀なくされていた。一方では、観光産業の成長を図ろうとする県・国の施策があったが、労働環境の改善が進んでいなかった。こうした中で、そこに働く従業員からの要請もあって、それに応えるため、恩納村、読谷村、宜野湾市、那覇市等でリゾートホテル、シティーホテルの労働組合結成に奔走する。それを通じて、労使関係は如何に有るべきか、を学ぶと同時に、人間関係も広がっていく。
  • 1995年に起きた米兵による少女暴行事件では、労働団体・連合の立場で県民総決起大会の裏方を指揮し、成功を果たす。
  • 爾来、23年間、労働者の労働条件の改善、産業政策の実現、基地問題、社会福祉の向上等に取り組む。
  • 2000年に沖縄電力の職場に復帰(労働組合役員を退任)し、社員研修(人材開発室)やソリューション営業(”お得”な電気の使用方法についての提案)の現場で人材マネジメント、お客様満足度の向上の重要性を学ぶ。
  • 事業を発展させていくには、”経営者の強い思い”と”仕組み”が必要。それがあって初めて成功に向けて第一歩を踏み出すことが出来る。それに加えて、日々の実践、日々の行動なくして目標達成は出来ない、ことを痛感する。
  • 自らの「仕事」の在り方を検証するには、次のキーワードに照らして見極めることが可能である。
    仕事(結果)=志(目的)×信念・考え方×能力・技術・資格×行動(その一日をどのように活動しているか)―で評価できる。
  • 自己のリソース(情熱・経験・微財)を最大限に活かし、”所得1000万農家の育成”が目標、農業の復活の取り組みを通じて”地域・社会への貢献”が使命。

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